2007年03月14日

第1回 ボウリングっていつからあったの?

さぁ~始まりました、ボウリングトリビア!!記念すべき第1回は、『ボウリングはいつ頃からあったのか!?』です。

●ボウリングの原型は、実は紀元前5200年前にはすでにあったといわれています。1920年代に、イギリスの考古学者がピラミッドの中からボウリングに似た木製のピンとボールを発見したのです。しかし、この頃のボウリングはピンを倒すのではなく、ゲートボールのような枠をくぐらせるものだった様ですね。
発見された実物を見たいという方は、ロンドン博物館に展示されてますので見に行ってみましょう!!ちなみにロンドンに1週間の滞在で、旅費としては大体12万~20万円程の様です。参考までに・・。

●さて、ボウリングはずっと大衆向けの娯楽だったのかといいますと、実はそうではないのですね。 中世時代は宗教的な儀式だったと伝えられています。ピンを悪魔に見立て、ボールで倒して祓うという感じだった様ですね。もし倒せなかったら・・・・へたくそ!!では済まなかったのでしょう・・・ブルブル。

●ボウリングがやっとボウリングらしくなってきたのは、16世紀の初頭です。それまでピンの数は適当だったのですが、数は9本に、並び方は菱形に統一されました。この統一をした人物は、有名な宗教改革を行った「マルティン・ルター」なのです。へぇーー、ですよね。この9本のボウリングは、「ナインピンズ」という名で、現在もヨーロッパで行われています。
有名といえばもう一人、モーツァルト。ご存知ですよね、音楽家です。なんとこのモーツァルトが、「九柱戯変ホ長調 K498」というボウリングを題材にした曲を作ってるんですね。へぇぇぇぇーー!!
う~んボウリングの歴史を感じますねぇ。

●ん?9本だったのにどうして10本になったのでしょう??
1626年、オランダ人がアメリカ大陸に移住し、同時にナインピンズもアメリカに広がっていくことになります。そして1840年、全米に浸透し、盛んに行われているナインピンズが、「賭け」に使われだしました。
これはいけないということで、1865年【ナインピンズを禁ずる】という法律ができてしまいました。ボウリングの危機です!!法律で禁じられてはどうしようもありません!! しかし、ここで考えた人がいます。「ナイン(9)ピンズを禁ずる・・・・じゃ10ピンなら禁じないってことだね」
ああ!!なんと言い訳がましい・・・・・でもこれこそが現在の10ピンボウリングの発祥なのです。

●日本にボウリングがやってきたのは1861年6月22日、長崎県の出島です。日本に縁のあったオランダ人が、ナインピンズを持ち込んだ様です。このことにちなみ、6月22日は「ボウリングの日」となっています。しかし、日本人のためではなく、外国人居留地の方向けのボウリング場でした。 日本人のためのボウリング場ができたのは、昭和27年12月、東京青山です。20レーンの民間ボウリング場でした。当時は全部手動式で、ピンボーイと呼ばれる人が、ピンを倒されては立て倒されては立て・・・・していました。スコアも手書きで記入していかなければならず、大変だった様です。
全自動になったのは1960年代で、この頃から爆発的なボウリングブームが巻き起こりました。これは記憶にまだ新しいところでしょう。現在も若年層からご長寿まで、幅広くボウリングは楽しまれています。

さて、いかがでしたか?ボウリングの出生から現在に至るまで、様々な要因があったのですね。
単純な動作で楽しめるボウリングに、どの時代の人々も魅力を感じていたのではと思います。
次回も、ボウリングのあんな秘密やこんな秘密に一緒に触れていきましょう!

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